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科学の忘れもの

この世界で起こることすべては、いずれ科学で説明がつき、技術で再現することができる、という考え方があります。
もしそれが本当だとしても、実現できるのは遠い将来のこと。
おそらく科学や技術が進歩するほど、世界の謎は深まるばかりという方が、ありそうな未来です。
すでに科学技術によって解決済みとされているテーマにしても、よくよく見直してみれば、落としものや忘れものだらけ。
しかもそれらは、いちばん大切で、しかも日々の生活のすぐそばにあったりするようです。
たとえば、勘や気配や予感をはじめ、合理的に説明されたように思えても、どこか腑に落ちないものは、決して少なくありません。
思えば現代文明はずいぶんたくさんの忘れものをしてきてしまいました。
しばしの間、立ち止まって、あれこれ思い出してみるときが来ているのかもしれません。
来るべき科学や技術の種は、そんな忘れものの中で、見つけられるのを、いまや遅しと待っているのです。

堀場製作所

無駄〜筋肉は スポーツのために。

運送の起源は、人間の直立二足歩行にあるのかもしれません。自由になった両手が、最初のロジスティック・ツールです。もちろん牛馬の利用や車輪の発明によって、そのスケールと移動距離は格段に飛躍しました。ただし、牛馬や車輪、さらには船舶や自動車を使うようになっても、それらを管理、コントロールするのはあくまでも人。人間の筋力や運動神経、そして判断力がものをいう世界でした。自由になった両手は、モノを持たなくなっても、なお手綱やハンドルやコントローラを操作し続けてきました。いま、それらは人の手を離れつつあります。ふたたび自由になったわれわれの手は、今度は何に使われるのでしょうか。

●エネルギーも物質も、無駄にするのは憚られます。その一方で、日本では大量の食糧が廃棄されていると言います。確かにそんな無駄は、ないに越した事はありません。少し前には「もったいない」という日本語が注目されたりもしました。さらに多くのテクノロジーが、無駄をなくすために開発されています。

●しかし、無駄かどうかの判断は意外に難しいもの。現在、無駄と判断されて効率化の対象となっているものの多くは、生産性のアップ、家事の省力化など、経済や時間にかかわるもの。「もったいない」かどうかは、ちょっと微妙なところです。無駄と思える労働や無駄と思える時間は、かつては修業と直結していたこともありました。無駄が余裕や彩りになることだってあります。しかも節約した時間を、スマートフォンでゲームをするというのでは、省いた無駄を、無駄に使うことにもなりかねません。

●ともあれ、エネルギーも物質も時間も空間も、これからはどんどん「無駄」が省かれていくことになるはずです。他方でいま、爆発的に増え続ける「無駄」があります。情報という名の無駄です。

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