#01共鳴する生命とかたち
—ルパート・シェルドレイクの冒険

ルパート・シェルドレイク

◉1942年生まれ。ケンブリッジ大学で自然科学を修めた後、ハーバード大学で哲学と科学史を学び、再度ケンブリッジに戻り、生化学で博士号を取得。196773年、同大学で生化学と細胞生物学の研究員・講師をつとめながら植物発生学や細胞老化の研究を推進。 7478年、インドのハイデラバードで国際作物研究協会の半乾燥地帯研究所研究員として熱帯作物の生理学の研究に従事。その後、同研究所の植物生理学のコンサルタントをつとめる。英国王立協会会員。

形態形成場仮設の衝撃

◎ 生物学者であり、英国王立協会会員でもあるルパート・シェルドレイクが、インドでの精神体験を経て形態形成場仮説を発表したのは、1971年のこと(邦題『生命のニューサイエンス』)。たちまち世界各国で論争が巻き起こり、科学雑誌『ネイチャー』には「焚書に値する本」と攻撃され、『ニューサイエンティスト』誌からは「真正の科学」として好意的な評価を与えられた。
形態形成場仮説は、要約すると「直接的な接触がなくとも、ある人や物に起きたことが他の人や物に伝播する」というものであり、現代科学のひとつの基本をなす機械論に真っ向から異議を唱えるものだ。
◎ すなわち、あらゆるシステムの形態(行動や思考も含む)は、過去に存在した同じような形態の影響を受け、過去と同じような形態を受け継ぐ。また離れた場所に起こった一方の出来事が、他方の出来事に影響する。つまりあらゆる形態には、時間や空間を超えた「共鳴」が起こるとする。
◎ 多くの科学者からの批判も当然とも言える大胆な仮説だが、アメリカPBSテレビシリーズでは、神経学者オリバー・サックス、進化学者スティーヴン・ジェイ・グールドらとともに「6人の注目すべき科学者」の1人としてとりあげられ、支持者の数は増え続けている。

ロンドンのネズミから
世界中のネズミへ

◎ シェルドレイク自身が好んで例にあげる形態形成場仮説の「証拠」がある。ネズミの学習速度である。
たとえば1匹のネズミがある新しい行動パターンを身につけたとする。すると、その後に生まれる同種のネズミ(同様な条件下で育ったもの)はどれも、この行動パターンを以前よりすばやく学習する傾向をもつ。はじめに学習するネズミの数が多いほど、この傾向は強まる。したがって次のようなことが起こる。ロンドンの実験室で、1000匹のネズミをある新しい課題を行うように訓練すると、世界中のどこの実験室のネズミも、同じ課題をより速く、たやすくこなせるようになる。
◎ 1983年8月には、イギリスのテレビ局によってこの仮説の公開実験が行われた。一種のだまし絵を2つ用意し、一方の解答は非公開、もう一方の解答はテレビによって視聴者200万人に公開する。テレビ公開の前に、2つの絵を約1000人にテストする。テレビ公開の後に同じように別の約800人にテストをする。いずれも、この番組が放映されない遠隔地に住む住人を対象とした。その結果、テレビ公開されなかった問題の正解率は放映前が9.2%だったのに対し放映後は10.0%、テレビ公開された問題は放映前の3.9%に対して放映後6.8%となった。

身近な
動物たちの超能力

◎ シェルドレイク自身、形態形成場仮説を実証するためのいくつかの実験を提案している(邦題『世界を変える七つの実験』)。いずれも巨大な実験装置や予算を必要としない小さな実験である。
◎ その代表例が、ペットや鳥や虫たちのような身近な動物たちをめぐるものだ。ひとつ目が「ペットは飼い主がいつ家路についたかを感知するか?」という、多くの人に心当たりのあるテーマ。飼い主が家の近くの駅についただけで、あるいは会社を出ただけで、イヌやネコなどのペットがある決まった行動をとる。また飼い主からの電話のベルが鳴る直前に、それを察知するという例もある。さらには引越しした飼い主を見つけ出すといったエピソードもよく知られている。
また「ハトがどのようにして遠隔地から自分の巣に帰りつくのか?」という疑問には、これまでに磁気マップ説などの多くの「合理的」説明がなされてきたが、シェルドレイクはそれらをことごとく論駁し、形態形成場仮説の整合性を説いている。「シロアリが巣づくりで見せる見事な構造」のように、昆虫の行動にも、本能や単純な物理法則では説明がつかないものが多い。
◎ シェルドレイクは、これらの「超能力」を実証するための簡単な実験を提案し、世界中からデータを集めている。

脳の外へと
心は拡がる

◎ 人間の心と感覚をめぐるシェルドレイクの実験テーマは、大きく2つにわけられる。ひとつは「誰かに見つめられていることが感知できるか」、もうひとつは「幻肢」である。どちらにも共通する視点が、意識や魂と言われるものは、脳の内側にあるのかという疑問だ。
◎ 誰かに見られているという感覚は、これまでの科学では、見つめている側の体の動きに起因する音や匂い、微妙な空気の動きを「気配」として感じているだけで、「視線」そのものに力があるわけではないと説明されてきた。ただしその説明が本当に正しいかどうかは、実際に確認されたわけではない。単に説明されうるものとして片づけられ、研究の対象としては無視されてきたのだ。一方が他方の背中を見つめるだけでいいのだから、実験は誰でもできるごく単純なものである。にもかかわらず、シェルドレイク以前には、科学的な実験は行われたことがない。彼の実験では、視線に何らかの力があることが、ある程度実証されている。
◎ 「幻肢」は、事故などで指や手足を失っても、その失った体の一部が何らかの感覚を持ち続けるというもの。シェルドレイクは、「場」の存在によってこの感覚を説明し、その存在の確認のための実験を行っている。

科学は本当に
客観的なのか

◎ 科学的な実験そのものも、その結果はある程度、実験者の予断や予測、願望などによって左右されることは、科学史家たちによっても明らかにされてきた。しかしほとんどの場合、初期設定の仕方やデータの読み方が、意識的に、あるいは無意識のうちに操作されている事実が指摘されるだけである。シェルドレイクはさらに、実験対象への実験者の心の直接的な作用が、実験結果に影響を与えている可能性も示唆している(「期待効果」)。
◎ さらには、重力加速度や光の速度など、いわゆる科学的な「定数」が本当に永遠不変であるのかということにも、疑義を唱える。もしもシェルドレイクの言うように、基礎定数がゆらぎ、変化することが証明されれば、われわれの科学的自然観は根底から覆されることになる。つまり、科学的現象としてこれまで「正確に」予測されていたと思われている事象も、天気予報や株価予測のように、ときには大きくはずれることもありうるのである。もしかすると「科学的現象」も、目利きや職人や達人たちの勘と直観に頼らなくてはならないのかもしれない。いや、実際のところは、科学もまた目利きや職人や達人、そしてある種の「超能力」の持ち主たちによって磨き上がられてきた技術だったのかもしれない。

ミステリー・サークル
と記憶と体験の
クラウド

◎ 以上のような実験に加え、シェルドレイクは、ミステリー・サークルの実証実験も行っている。身近な不思議を解明しようとし続けるシェルドレイクの面目躍如である。ミステリー・サークルは、イギリスを中心に世界中で報告された穀物が円形に倒される現象、あるいはその倒された跡で、英語ではクロップ・サークル(Cropcircle)という呼称が一般的である。1980年代に注目を集めたが、類似の現象は近世以前から記録されている。宇宙人説をはじめとするさまざまな原因仮説が示されたが、90年代に、製作者自身による告白や、超常現象懐疑派による検証が進み、人為的なものと考えられている。

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◎ シェルドレイクによる実験は、1992年に行われ、やはり人間の手でつくることができることが確認されたが、この実験の最中、各地でミステリー・サークルが出現した。人為のものだとしても、シェルドレイクの実験の「共鳴」現象である可能性が示唆されている。
◎ また、シェルドレイクは記憶や経験は脳ではなく、種ごとにサーバーのような場所に保存されているという仮説を提唱している。あたかもクラウド・コンピューティングのようなシステムであり、脳は単なる受信機で、記憶喪失の回復が起こるのもこれで説明がつくとされている。