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科学の忘れもの

この世界で起こることすべては、いずれ科学で説明がつき、技術で再現することができる、という考え方があります。
もしそれが本当だとしても、実現できるのは遠い将来のこと。
おそらく科学や技術が進歩するほど、世界の謎は深まるばかりという方が、ありそうな未来です。
すでに科学技術によって解決済みとされているテーマにしても、よくよく見直してみれば、落としものや忘れものだらけ。
しかもそれらは、いちばん大切で、しかも日々の生活のすぐそばにあったりするようです。
たとえば、勘や気配や予感をはじめ、合理的に説明されたように思えても、どこか腑に落ちないものは、決して少なくありません。
思えば現代文明はずいぶんたくさんの忘れものをしてきてしまいました。
しばしの間、立ち止まって、あれこれ思い出してみるときが来ているのかもしれません。
来るべき科学や技術の種は、そんな忘れものの中で、見つけられるのを、いまや遅しと待っているのです。

堀場製作所

最近、IoT(Internet of Things)という言葉がよく聞かれるようになりました。
日本語では「モノのインターネット」と呼ばれることが多いようです。
家電から工場機械まで、自動車から食品まで、インターネットでつなぐことにより、
新たな価値が生まれるという考え方が基本になっているようです。
確かに、ネットワーク化されたモノの情報を「測り」「集め」「分析し」「管理し」「加工する」ことによって、
多くの無駄や不便やリスクが解決され、よりよい社会と生活が実現されると思われます。
そのためには、IoTとともにある「人間」を結び合うことが不可欠でしょう。人間にとって
他者から忘れられること、無視されることは、何よりの不幸。IoTはまず、IoH(Internet of Human)である必要があるのです。
しかし、誰かとつながっていることよりも、誰とつながっているのかが重要でもあります。ときには、
誰ともつながっていない時間も大切なもの。実は、無駄や不便や孤独からこそ、新しい時代が始まっているのかもしれません。

モノ同士がインターネットでつながる未来

IoT(Internet of Things)という言葉が脚光を浴びています。日本語で「モノのインターネット」と呼ばれる IoTとはどのような技術なのか、また IoTがもたらす未来社会と人々との関わりについて、 1980年代から「あらゆるモノの中にコンピュータが入り込んでいく社会」を予測し、そのためのコンピュータ技術基盤の構築に取り組んできた東京大学の坂村健教授に話を聞きました。

2016.07.20 UPDATE

坂村健 Ken Sakamura

東京大学大学院情報学環教授。工学博士。専門は電脳建築学、情報工学。TRONプロジェクトリーダー。YRPユビキタス・ネットワーキング研究所所長。2015年、国際電気通信連合(ITU)より「ITU150周年賞」を受賞。

IoTは「モノのインターネット」

昨年から新聞やニュースサイトで「IoT」という言葉を目にすることが多くなりました。大手IT企業がIoT関連の新しいサービスを発表したり、IoTに関する規格策定を掲げる組織が複数立ち上がったりしています。コンピュータにあまり詳しくない人からすれば「ITとは違うのか」「また、よく分からない新しい単語が出てきたな」と思われるかもしれません。

アメリカの調査会社ガートナーが発表した2015年:先進テクノロジのハイプ・サイクル[*1]によると、IoTは、自動運転車と並んで、期待値のピークにあると報告されています。つまりIoTは今が旬の言葉であり、「2015年はIoT元年」だったと言っていいのかもしれません。

ではIoTとは一体何でしょうか。IoTは“Internet of Things”の略語で、日本語では「モノのインターネット」と訳されることが多いようです。簡単に言うと、身の周りのいろいろなモノがインターネットに接続されることで、互いに情報交換や制御を行う仕組みのことです。

例えば今の自動車には、たくさんのコンピュータが入っていて、かつては機械でコントロールしていた部分もコンピュータ制御になっています。それら車内のコンピュータがインターネットにつながれば、走行中の車両のデータをリアルタイムに集めることができるようになります。それを解析することで、より正確な渋滞情報サービスができるでしょう。自宅にある家電製品同士を──例えばエアコンとサーキュレーターを連携させるといったことも可能になりますし、工場の生産ラインにある産業機器がネットにつながることで、ものづくりのやり方が大きく変わるかもしれません。他にもさまざまなサービスやビジネスの可能性が考えられるのが、IoTです。

「それってユビキタスとかいうものじゃないの?」と気づく人がいるかもしれません。その通りで、IoTは、10年くらい前に話題となったユビキタス・コンピューティング(Ubiquitous Computing)やパーベイシブ・コンピューティング(Pervasive Computing)、M2M(Machine to Machine)と基本的には同じものです。

IoTという言葉を世界で始めて使ったのは、当時Procter&Gamble社のアシスタント・ブランド・マネージャであったケビン・アシュトンという人。バーコードの代わりにRFID(無線ID)を使って、倉庫内の荷物の場所や在庫を管理しようという物流の仕組みを考える中で、モノがインターネットにつながるイメージとして出てきた言葉です。

*1─新しい技術が「黎明期」「流行期」「幻滅期」「回復期」「安定期」のうち、どの段階に位置しているかを分析したもの。ガートナー社が考案した。

TRON仕様書に描かれた「超機能分散システム(HFDS:Highly Functionally Distributed System)」のイメージ図。

IoTを支えるインターネットとクラウド技術

ユビキタス・コンピューティングも今のIoTのように、大きな話題になった時期もありましたが、その後ハイプサイクルでいう幻滅期に入りました。期待値が高い流行期は、まだ技術が開発段階なので、具体的な製品やサービスがすぐに出てこなくて幻滅期に落ち込むというのは、新技術が社会に広まる前の典型的パターンです。ではIoTも同じように幻滅期に入るのかというと、そうではないと私は思っています。というのもIoTが実はユビキタスと同じもの、というのが重要なポイントです。そう考えるとすでに十分な歴史があり、その間にインフラとしてのインターネット環境や応用技術が整備されたことで、回復期に至り再起したユビキタスが、まさにIoTだからです。

例えばウェブの検索サイトなどは、世界中から同時に何億もの人がアクセスしてもサービスを提供できるようにトラフィックを調整できる技術が生まれてきました。通信会社もネット環境整備のために高速回線への設備投資を進めてくれました。そしてモノの中に入れるコンピュータを支える半導体技術も進化し、小さくて高性能なマイクロプロセッサも開発されました。これらの変化はここ10年くらいをかけて、少しずつ整備されてきたものです。

したがってスマートフォンやパソコンだけでなく、自動車、家電製品、産業機器、医療機器など、あらゆるモノがネットにつながっても、ちゃんと動きそうだと分かってきた。だからこそIoTが描く未来が現実的なものになっているのです。

今のインターネットの便利さを否定する人はいないでしょう。ビジネスのやり方もネット時代に大きく変化し、かつては考えられなかったサービスが生まれています。IoT時代になって、モノとモノ同士がつながり始めた時、どのようなことが起きると予想されているのでしょうか。

大きく期待されているのが「ビッグデータ」の活用です。身の周りのあらゆるモノがネットに接続されると、膨大なデータがクラウドサーバーに集まってくるでしょう。モノが勝手にやってくれるので、24時間365日休むことがありません。そうして大量に蓄積された情報=ビッグデータを解析することで、いろいろな新しい発見があるのではと言われています。

もうひとつは自動制御でしょうか。今までは人間が判断して操作していたところを、モノ同士がつながっているわけですから、情報をやりとりしながら自動で最適な制御をしてくれるようになるでしょう。インターネットの普及が、産業のあり方まで変えていったように、IoTも私たちの生活をより便利なものにすると同時に、大きく変えていくことでしょう。

組込み向けプラットフォーム「IoT-Engine」。家電機器などに組込まれて、クラウドサーバーと接続できる。

富士通が開発した「バッテリーレス・フレキシブルビーコン」。柔軟性が高い素材で、服や靴にも貼り付けられ、位置情報サービスを提供可能。

欧米が狙うIoTのイニシアチブ

そうなると、IoTのルールづくりが重要になってきます。インターネットで世界中の人にメールを送ることができるのも、メールシステムの規格やプロトコルが決まっているからです。例えば温度計や湿度計をネットに接続して、集まってきたデータを地図上にマッピングしていけば、地域毎によりローカルな天気予報も可能になるでしょう。そのためには「これは温度の数値」「これは湿度の数値」と定義したデータフォーマットを決めておく必要があります。規格がばらばらではビッグデータも集まりません。

自動制御という面では、セキュリティも大切です。いくら家電製品の遠隔操作ができるといっても、全く知らない人に自宅のエアコンを勝手にいじられたくはありません。公共施設を利用する際にも、利用者が自由にコントロールできるエリアと制御できないエリアを分ける必要があります(これをアクセスコントロールと言います)。

現在、各国でIoT時代のルールづくりが積極的に進められています。ドイツでは国家主導のインダストリー4.0[*2]、企業コンソーシアムが進めるアメリカのインダストリアル・インターネット[*3]など、IoTのイニシアチブをにぎろうとする動きが見られます。

こういう場合、欧米は「ルールは自分たちに作らせてくれ」と真っ先に手を挙げますが、日本はどうしても「そちらで決めてくれたら従うよ」ということになりがちです。私は常々、そこが日本の残念なところだと思っています。でも考えてみてください。みんなが従うルールを自分が作るとなったら、普通は自分に有利なように作るものです。ヨーロッパもアメリカもそこは一致していて、他人がつくったルールに従う気はさらさら無いのです。だからこそ日本も、「ひとまず様子を見て……」という姿勢を止めて、積極的にイニシアチブを取りにいく必要があると思います。自分たちでルールを作るというのは決して孤立するということではありません。ルール間での調整が始まった時に、自分の物を持っていない人は交渉のテーブルに付けません。それがイニシアチブを取るということです。

*2─第4次産業革命。ドイツ政府が製造業におけるイノベーション政策として進めているプロジェクト。「スマートファクトリー(考える工場)」をコンセプトとし、工場の生産管理システムがネットワークを活用して生産工程の最適化を目指す。

*3─GE、インテル、シスコシステムズ、IBM、AT&Tが創設したコンソーシアムが主導するプロジェクト。ハードウェアとソフトウェアの融合による新しい産業革命の実現を目指す。「産業機器とビッグデータを人間に結びつける、オープンでグローバルなネットワーク」と定義される。

東京都港区西麻布に建設されたTRON電脳住宅(1989年)。一部一般公開され、多くの来場者が「未来の住宅」を体験した。

TRONプロジェクトとIoT

私が1984年から進めているTRONプロジェクトは、身のまわりのあらゆるモノの中にコンピュータが入っていき、それらが相互に連携しながら動作する未来を予測し、そのために必要なハードウェアやソフトウェアの基盤づくりを進めてきました。IoTは、TRONプロジェクトで、超機能分散システム(HFDS:Highly Functionally Distributed System)と呼んでいた概念そのものであり、ようやく時代がTRONに追いついてきたと感慨深いものがあります。

1989年に私は、住宅を構成する設備全てがネットワークにつながって制御可能な「TRON電脳住宅」を建設しました。窓は自動で開閉して部屋の温度を調整し、トイレには血圧計や尿の自動分析装置が組み込まれ、専用デジタル回線がデータをホームドクターのコンピュータに送るシステムを備えていました。インターネットはまだ民間開放されていない時代でしたが、一般家庭でも低コストでデータ送信ができる時代が来ると信じていたからです。

この住宅はまさにIoTの先駆的な存在でしたが、今と違って無線LANのような通信手段がないため、家中にケーブルをはりめぐらせる必要があり、地下のコンピュータルームにつながっていました。

2005年にはトヨタホームと共同で、未来住宅「PAPI」を建設し、「愛・地球博」に合わせて公開しました。今度はインターネット技術をふんだんに使うことができ、スマホの先駆けのようなタッチパネル式の携帯端末で住宅内のさまざまな情報にアクセスし、また制御することもできました。停電時にはトヨタのハイブリッド車から住宅に電力を供給するシステムも備えていました。

愛知県長久手市内に建設されたトヨタ夢の住宅PAPI。2005年の「愛・地球博」の開催期間中に一般公開された。タッチパネル式の携帯端末で、PAPI内のさまざまな設備を制御する。

モノの中に入れるコンピュータは「組込み系」と呼ばれ、TRONプロジェクトでは最初から重要な研究テーマでした。組込み系では処理能力が優先されるパソコンなどの情報処理系のコンピュータと違って、小さいこと、省電力であること、軽いプログラムなどが重視される世界です。パソコンはCPUやグラフィック機能がどんどん高性能になり、メモリもハードディスクも大容量になっていきましたが、組込み系はそれとは異なる進化を続けました。私がデザインしたITRON(Industrial TRON)というOSは、携帯電話や家電製品、産業機器など組込みの世界で広く使われています。

IoTの時代に求められるのは、こうした組込み系のコンピュータです。家の中の電気製品や家具、床や天井にスマホ並のスペックを持った10万円もするシステムを入れていったら、とんでもないコストになってしまいます。TRONでは、モノの中には小さくて軽いコンピュータを入れて、それらがインターネットを通じてクラウドサーバーに接続し、セキュリティなど重たい処理は全てクラウド上で行うスタイルを考えています。

IoTの未来形
「アグリゲート・コンピューティング」

検索サイトにしろ、SNSにしろ、今のウェブサービスは、誰もが無料で利用することができます。大きな収益を上げているネット企業は、サービス自体は無料で、対価は別のことで稼いでいるのです。一方音楽ストリーミングサービスは、毎月どれだけ曲を聴いても定額固定ですが、一曲も聴かない月でも料金を払う必要があります。少し前までは考えられないようなビジネスモデルが当たり前になってきています。IoT時代には、もっと大きな変化が起きるかもしれません。

例えば自動運転の自動車は基本無料で入手できるようになり、運転中のデータは全てネットを通じてメーカーに集められ、ユーザーはその移動というサービスに対して毎月料金を支払うことになるわけです。

書籍も無料で読むことができます。でも少しでも面白いと思ったら、ウェアラブルコンピュータを通じて、その感情が出版社に送られ、読者は楽しんだことへの対価として料金を払うシステムはどうでしょう。

つまりモノは全部無料で手に入るけれど、それを使っていくことに対価が必要な世界になるわけです。製品を売って対価を得ているメーカーとしては、ビジネスモデルを変える必要があるかもしれません。考えてみると、製品で対価を得られるのは最初に売った時の一回だけです。IoTによって、製品を介してユーザーとメーカーが常につながるようになれば、買ってもらうのではなく、使ってもらうことで対価を得るビジネスが成立します。そうなれば製品を売って得られる利益以上のものが得られるかもしれません。

そうなると測ることが、IoTでは重要な要素になってきます。産業機器の動作情報をモニタリングして集めたビッグデータを解析していけば、特定の振動が故障の前兆だと分かるかもしれません。人間の生体情報や環境計測データも、大量に集まれば、今まで気づかなかった新しい発見につながる可能性があります。人工知能やディープラーニング[*4]の研究もかなり進んでいるので、ビッグデータとの組み合わせによる成果も期待できるでしょう。そうした発見や成果は、やはりIoTによって制御されたコンピュータを通じて、社会にフィードバックされるでしょう。データを集めるセンサーが果たす役割はますます大きくなると思います。

モノの中に入ったコンピュータがインターネットでつながり、分散協調しながら、私たちの生活をより豊かで便利なものにするために多様なサービスを提供する。私はこれを「アグリゲート・コンピューティング」と呼んでいます。アグリゲート(aggregate)とは「総体」という意味で、これこそがIoTの未来形だと思っています。

*4─深層学習(Deep Learning)。人間の脳を模したニューラル・ネットワークを使った機械学習のひとつ。近年画像認識の分野で大きな成果を上げ、世界的に注目を集めている

IoT時代のスマートハウスのイメージ。家電などに内蔵された各種センサーからの情報がクラウドサーバーに集約され、最適な制御がフィードバックされる。

家の中のモノとクラウドをつなぐ「ボーダールーター」。IoT時代の本命プロトコルとされる「6LoWPAN(IPv6 over Low-power Wireless Personal Area Networks)」に対応している。